溝上慎一(学校法人桐蔭学園理事長、桐蔭横浜大学学長・教授)
※文中では主に「子ども」と呼んでお話ししていきますが、対象はおおよそ小中学生から高校生くらいまでを指しているとしてお読みください。
はじめに
ウィズ/ポストコロナの教育を見ていく大きな視点の一つはオンライン学習です。オンライン学習は、全国的にはPCやタブレット等の端末、WiFiの環境整備が遅く、十分に取り組まれてきませんでした。
日本のICT教育は世界の先進国の中でもきわめて遅れていて、今回のコロナ禍においてそれが子供たちの学びを止めた一因になったと考えられています。
幸か不幸かこの度、全国の子どもの多くがオンライン学習に慣れ親しむこととなりましたので、この取り組みはウィズ/ポストコロナにおいて続けられていくものと考えられます。
1.対面学習と組み合わせたブレンド型学習へ
オンライン学習の普及・利用は、必然的に授業のあり方を変えるでしょう。教室での対面学習とオンライン学習とを組み合わせた「ブレンド型学習」の展開は、今教育界でもっとも議論されているトピックの1つです。
展開が期待される代表例は「反転授業」です。反転授業とは、教室の中で行われる授業内学習と、演習や課題など宿題として課される授業外学習とを入れ替えたブレンド型学習のことです。講義をオンデマンド教材にして予習させ、対面の授業では対面でしかできないアクティブラーニングを行うのです。
膨大な基礎知識を教えなければならず、アクティブラーニングの時間がとれないと悲鳴を上げている、とくに高校の数学や理科、大学のサイエンスの基礎科目などで取り組まれてきた授業法ですが、多くの教員にとってオンデマンド教材を作成する技術的ハードルが高く、取り組みが一般化しませんでした。
しかし、この度のコロナ禍の中で、多くの教員はオンデマンド教材の作成、リアルタイムのオンライン授業をある程度できるようになりました。反転授業の移行へのインフラ整備は整ってきた状況にあると言え、取り組みの普及が期待されています。
2.他にもブレンド型学習やオンライン学習のさまざまな可能性
遠隔地とリアルタイムで繋いだ学習は授業をより魅力的なものにするでしょう。医療や史跡の現場から、他校から、海外から、中継してオンライン授業を行うのです。
大学の事例ですが、コロナ禍の中、外部の専門家に大学の教室へ来て講義をしてもらうことができなくなり、偶然にもそのような取り組みがいくつか実現しました。実施してみると簡単であり、こちらの方が学生にとっても臨場感があっていいという感想が聞かれました。小中・高校でも十分適用可能なものと思われます。
授業の補完としてのオンライン学習も検討されています。最近のオンライン教材の中には、AIを搭載した「最適化学習」を実現するものがあります。つまずいている子どもの学習を、その個人に「最適」な形で支援することができます。
授業が録画されてオンラインコンテンツとなり、授業をうまく理解できなかった子どもが繰り返し視聴して理解を補うことも可能となります。
放課後や休みの日にオンライン学習によって、教科には関係のない興味のある内容や、中高生であれば大学の授業などを学習する発展的な利用もなされるでしょう。他の地域の子どもや大人と、たとえば探究的・プロジェクト学習を行うのもいいかもしれません。
3.学習の個別化を多様性として捉えられるか
オンライン学習であれブレンド型学習であれ、この流れは学習を「個別化」していくものであり、子どもの学習課題への主体的な関わりを、これまでよりもさらに求めるものです。
オンライン学習の持つ「いつでも、どこでも」「自分のペースで」「わからなければ何度でも再生して」という特徴は、主体的に取り組む子どもには大きなメリットとなりますが、主体的に取り組めない子どもにとっては、その特徴こそがデメリットとなります。
対面学習であれば教室にいるだけで学習したことになりますが、オンライン学習では主体的に課題に取り組み、仕上げなければ学習したことにはなりません。それがコロナ禍の中で可視化され、大きな個人差を生じさせました。
その結果、学びが止まってしまった子どももいます。放課後の自由参加の学習であれば参加しなければいいだけですが、授業として提供されるオンライン学習では、子どもに参加するしないの選択権はありません。
eラーニングが我が国に導入され始めた2000年頃、このようなオンライン学習やブレンド型学習の可能性は多数議論されました。しかし、結果的には一般化することなく今日を迎えています。
今や良質で高度な学習教材がインターネット上にごまんとあります。一流大学の講義も、やる気さえあればオンラインで誰でも無料で受講できる時代になっています。しかし、多くの子どもは利用していません。この間にあるものは主体性の問題です。
古くて新しい主体性の問題が、文脈を変えて再びクローズアップされることでしょう。個別化の力学は、すさまじい個人差を生み出します。それは必然的に教育格差をも生み出すでしょうが、目指しているのは個の多様性です。教育格差か個の多様性か、新たな社会的認識の課題が生まれてきそうです。
【大丈夫!コロナ禍の教育】は、桐蔭学園とビタミンママのコラボ企画です
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VOL.2 学校再開後の学習や生活に関する留意点
VOL.1 休校中のモチベーションダウンと学校再開後の対策
桐蔭学園トランジションセンターでは、ビタミンママと共催で、本連載の直後に同タイトルのZoomセミナーを開催します。講師が直接講義をし、参加者の疑問に答えます。
- 日時 8/29(土)10:30-11:30(最大延長12:00)
- テーマ 「オンライン学習を組み込んだウィズ/ポストコロナの学校教育」
- 講師 溝上慎一
終了いたしました。たくさんのご参加ありがとうございました。
溝上慎一(Shinichi MIZOKAMI, Ph.D.)
学校法人桐蔭学園 理事長、桐蔭横浜大学 学長・教授、学校法人河合塾 教育研究開発本部 研究顧問
プロフィール
1970年生まれ。大阪府立茨木高校卒業。神戸大学教育学部卒業、1996年京都大学助手、2000年講師、2003年准教授、2014年教授を経て、2019年4月より現在に至る。京都大学博士(教育学)。