「正解」を求める教育から、自ら「問い」を深める教育へ。 創立90周年を経て、新たな歩みを始めた湘南学園小学校。2025年、幼稚園から高校までの一貫した「ユネスコスクール」への正式加盟を果たした同校では、今、全校を挙げて「対話」を軸とした教育改革が進んでいます。
2年生を中心に「哲学対話」を実践する萩野昌美先生と、学校全体のユネスコスクール推進を担う鈴木智洋先生に、お話を伺いました。

左)鈴木智洋先生 右)萩野昌美先生
なぜ今、小学校で「哲学」なのか
萩野先生が「哲学対話」を始めたきっかけは、現代の子どもたちを取り巻く環境への危機感でした。 「塾や習い事など、知識を得る場所はいくらでもある。では、学校にしかできないことは何か。それは、学習の土台となる『柔軟な心』を育むことではないかと考えました」。
「人生には想像もしない出来事が起こる。その際、ポキンと折れてしまわない『しなやかな心』を身につけるには、自分と異なる考えを認め、多様な視点を持つ必要がある」と萩野先生。
「この子たちが高校3年生になって、受験や将来に悩む時期、8歳の時にみんなで語り合った体験が、彼らを支える力になることを願っています」。

2年生を対象とした「哲学対話」の授業を推進する萩野昌美先生
「正解」を言わなくていい。安心感が言葉を引き出す
哲学対話に決まった正解はありません。「嘘はついてはいけないの?」「勝ち負けって必要?」「かっこいいってどういうこと?」といった抽象的なテーマに対し、円になってじっくりと話し合います。

「哲学対話」の授業は、「大勢の前で自分の意見を言うのは苦手」と感じている児童も安心して発言ができるように、クラスを半分に分けた少人数制で行われます。(湘南学園小学校)
当初は、茶化したり、恥ずかしくて言えなかったりする児童もいました。そこで萩野先生は、演劇的手法を取り入れ、ペアワークで「相手の良いところを伝える」練習を積むなど、表現の土台作りから始めました。
「『ここでは否定されない』という安心感が伝わると、子どもたちは哲学が大好きになります。休み時間にまで『先生、さっきの続きだけど……』と意見を言いに来る子もいるほどです」
「感情はなぜあるのか」という対話の中で、萩野先生が「悲しい感情なんて、ない方がいいよね」とあえて逆説的な意見を投げかけました。すると、最近祖母を亡くしたばかりの児童が、「悲しいという気持ちがなかったら、家族が死んだ時に泣けない」と答えました。
また、「生きるとは何か」という問いには、「悪いことをした人でも、反省してやり直せるなら生きる権利がある」と、2年生とは思えない深い倫理観をぶつけ合ったといいます。
ユネスコスクールとして、「対話」を全校の文化へ
こうした萩野先生の実践を、全校の取り組みへと広げようとしているのが鈴木智洋先生です。 ユネスコスクールが掲げる4つの柱の一つ「共に生きる(Learning to live together)」。
鈴木先生は、本校の子供たちの行動力という強みを活かしつつ、課題であった「他者との考えのすり合わせ」を強化するために「対話」を重視しています。

ユネスコスクール推進担当 鈴木智洋先生
「単なるおしゃべりではなく、相手を尊重しながら、自分の考えと相手の考えを編み込んでいく。それが対話です。1年生から6年生まで、発達段階に応じた形で『対話』を日常化していきたい」と語ります。
自由度の高い校風を活かし、各学年の教員がそれぞれのクラスに合った形で対話を授業に取り入れています。
2年生で哲学対話を経験した現在の3年生は、クラス会議の場でも「どうすればみんなが楽しく過ごせるか」という問いに対し、仲間の意見を聞いて、建設的な提案ができるようになっているといいます。
課題とこれから:対話が日常を変えていく
「もちろん課題もあります。答えのない問いを扱うファシリテーターとしての技術は一朝一夕には身につきません。また、学年が上がってもこの「対話の土壌」をどう継続させていくかが今後の焦点になります」と萩野先生。
「目的のある対話になると、子どもは正解を探してしまいます。でも哲学対話は正解がない問いについて考える時間です。間違った解答なんてありません。その経験が、トラブルが起きた時でも自分たちで解決できる力につながると信じています」

萩野先生が手に持っているのは貝殻。「これを持っている人が発言する」というルールのために用意したアイテムで、「貝殻を持っていない人は、しっかりとお話を聞いてください」と先生
大人が先回りして「正解」を教えるのではなく、子供たちが自ら「問い」を持ち、他者と共に歩む力を養う。ユネスコスクールとしての新たな挑戦は、子供たちの心の中に、確かな「しなやかさ」という根を張り始めています。

