大きな窓から光が差し込み、木のぬくもりが感じられる落ち着いた雰囲気の診察室で、患者の言葉に耳を傾け心に寄り添う加藤邦夫院長は、アメリカ留学や大学教授の経験を持ち、現在は日本精神神経学会専門医・指導医として、うつ病や発達障害、統合失調症をはじめとした精神疾患や認知症などの治療にあたるベテランドクターです。そんな加藤先生に、クリニックのことや日常生活のアドバイスについてお話を伺いました。
近年増えている大人の発達障害
――どのような患者さんが来院されているのですか?
この辺りには会社員の方が多く住んでいますが、それらの方々が仕事のことで悩んだり、主婦の方が家事や育児、上の世代との人間関係で悩んだりしてうつになっている方をたくさん診ています。そして当院では物忘れ外来もしていますが、増えているのが、認知症の患者さんです。
この辺りは40年ほど前に開発されて、その頃に働き盛りだった方が大挙して引っ越してきました。その方たちがもう70歳や80歳になって、認知症になっている人が多いのです。加えて大人の発達障害も、最近増えていると感じています。仕事がうまくいかないことでうつになる人は多いのですが、そのような人たちを検査してみると、半分くらいは発達障害なんです。時代の流れというか、最近は世の中に余裕がなくなってきていますが、そんな中で、会社で仕事をしていると、最初にダウンしてしまうのが発達障害の人なんです。
世の中が、少しの個性を持っている人を受け入れられなくなってきているのです。また、世の中に発達障害が認知されてきたこともあって、役所などに相談に行って当院を紹介されたり、直接ここに相談に来る人も増えています。
――発達障害では、どのような治療をするのでしょうか?
まず、検査をします。簡単にいうと知能検査ですが、一言で知能といっても、いろいろな知能がありますから、記憶の能力や目で見て推察するようなこと、聞いて理解する能力や4コマ漫画のようなものをどの順番で並べるかという場の状況を読む検査もあって、全部で2時間くらいかかります。その検査をすると発達障害の方には、ある特徴的な傾向が出てきます。発達障害がある人には、IQが110を超えるような頭の良い方が多いのですが、例えば実行処理能力と言って、物事を処理する能力が極端に悪いことがあります。要するに頭脳の発達にばらつきがあって、偏っているんです。
だから、ある部分はすごく優秀な一方で、とても苦手なところもある。そのため、一見すごく頭が良いのだけど、社会に出ると対応できない。でも自分は、頭が良いはずだと思っている。成績は良いけど社会に対応できないということで周りから孤立してしまって、自分でも悩んでうつになってしまうのです。
治療は、症状によってする場合としない場合があります。多少の物忘れやミスをする程度でしたら、そそっかしい人ということで済みます。しかし、非常に大切なことを忘れたり、間違えたりすると、そんな大切なことをなぜ間違えるんだって会社で怒られますね。そうすると発達障害の人は、人の10倍くらい、すごく落ち込んじゃって、それで会社に行けなくなってしまう。そのような方は、治療の必要があります。発達障害により、同時に複数のことをこなすのが苦手という場合には、それを自覚してもらった上で、リストを作って一つ一つのことをしっかりとやって行く習慣をつけるなどの生活指導が有効ですし、必要に応じて薬も処方するなど一人一人にあった治療をしていきます。最近は、非常に良いお薬もありますから、それを使えば少し落ち着いて物事に取り組むことができるようになります。
ただ発達障害といっても障害ではなく、もともとその人が持っている脳の働きの個性ですから、それに合った仕事や生活をすれば何も問題ないんですよ。私は、それがうまく行くようにお手伝いをしますから、ぜひ自分の個性が活かせるような生き方をしてほしいと思っています。
自分の親戚のように接する
――女性のうつ病も多いそうですね?
当院に通院している患者さんの6割は女性です。特に30〜40代の方が多いのですが、その年代の方々は、子供を良い学校へ入学させないといけない、しっかりとしつけないといけないなど、育児にすごいプレッシャーを感じていて、それでうつになっている方が多いんです。診察では、じっくりとお話を聞いてアドバイスをしますが、家庭の状況が複雑な場合など、もっとしっかりとした治療が必要な場合は、別にカウンセリングを勧めます。
子育て中の主婦の方には、あまり自分を追い込まないようにしてほしいですね。たとえ受験がうまくいかなくても、それは一時的なことであって、地道に努力を続けていけば必ずどこかで成功するんです。本当の目標は、良い学校へ入れることではなくて、子供に幸せな人生を送ってもらうことですから、今を焦らないでください。
――こちらで行っている経頭蓋脳磁気刺激装置によるうつ病治療について教えてください。
頭に磁気を当てて脳を電気的に刺激することで、うつ症状の改善が期待できるのが、経頭蓋脳磁気刺激装置による治療です。薬による治療よりも効果がありますし、妊娠中や授乳中の人でも治療を受けることができます。自由診療になりますが、私は、お金がある人とない人で受けられる治療が違うというのは医療ではないと考えていますので、必要な人が誰でも受けられるように、同じ治療をしているほかの病院と比較して、費用を安く設定してあります。
――診療で心がけていることはありますか?
どんな患者さんでも分け隔てなく、自分の親戚のように接するようにしています。人にはどうしても好き嫌いがあり、それって相手に伝わってしまうんですね。だから、そういった感情は持たずに親しみを持って接しないと、治療もうまくいきません。それで、白衣も着ないようにしているんです。
患者さんは、すぐに本音を言う人もいれば、全然言わない人もいます。1年以上通っていて、少しだけ話して薬をもらって帰るというのをずっと続けていた人が、ある日突然、いろいろなことを話し始めることもあります。人に言えないことを話すというのは、それだけ敷居の高いことなんですね。だから私も無理に聞き出そうとはせずに、相手が話しやすい雰囲気を作りながら、気長に待つことが大切だと思っています。
敷居が高いと考えずに気軽に相談を
――精神を健康に過ごすためのアドバイスはありますか?
やっぱり問題はストレスで、強いストレスによって脳の一部が興奮状態になって、それが心の病につながることが多いんです。だからストレスをためないことと脳をしっかりと休ませることが大切で、脳を休ませるには、睡眠と運動が効果的です。そしてストレスをためないためには、趣味などで上手に気分転換をすることです。ただ、何か少し違ったことをするだけの気分転換はあまり意味がありません。
例えば、映画を見て楽しいなと思っても、映画館を出るとまた嫌なことを思い出してしいますから。だから、できれば何か夢中になって取り組めて、達成感を得ることができることがあれば良いですね。私の趣味は、ここにも置いてあるのですが、ギター演奏です。私はまだ、達成感を得られるほど演奏はうまくないですが(笑)。お茶でもお花でも陶芸でも何でも、ちょっとやるというのではなくて、何か夢中になれることがあると良いと思います。
――今後の抱負とメッセージをお願いします。
具合が悪いから来て、薬を出して元気になっても、また元に戻って来るという治療ではなく、先ほどもお話ししましたが、人それぞれに個性がありますから、その個性を生かして生きていけるような、その人が本当の意味での適した人生を見つけられるような治療や指導ができれば、一番良いなと考えています。
心療内科や精神科と聞くと敷居が高いと感じる人も多いかもしれませんが、体調が悪くて内科にかかっているけど、原因もわからずに症状も良くならない。そんなときは心の問題かもしれないということも考えて受診してみてください。
クラシックギターの演奏が唯一のリフレッシュ方法という加藤先生。15 歳のころからの長きにわたるマイブームだそうです。かつてはスクールで習い、定期演奏会のステージにも上がっていたそうですが、最近はお仕事が忙しく、夜中に一人で練習するのが精いっぱいとか。お得意な曲はソル作曲「魔笛」の主題による変奏曲。ぜひ一度聴かせていただきたいです!
▲院長 加藤 邦夫 先生(もりの緑メンタルクリニック:神奈川県横浜市青葉区)
東北大学理学部卒業後、山形大学医学部に入学。同大学院卒業後、同大学病院勤務。米国ワシントン大学及びエール大学神経科研究員、科学技術振興事業団主任研究員、川室記念病院勤務、高知医科大学神経科精神科助教授、高知大学医学部神経科精神科教授、相模が丘病院副院長などを経て、もりの緑メンタルクリニックを2010 年に開院。日本精神神経学会認定精神科専門医。医学博士。