溝上慎一(学校法人桐蔭学園理事長、桐蔭横浜大学学長・教授)
※文中では主に「子ども」と呼んでお話ししていきますが、対象はおおよそ小中学生から高校生くらいまでを指しているとしてお読みください。
1.まずは子どもの心身を確認しながら、学校生活への慣れを戻していく
緊急事態宣言が解除され、学校はステップを踏んで平常の学校生活・授業へと戻していっています。
この3ヶ月の学習の遅れを一刻も早く取り戻したいところですが、学校に久しぶりに登校した子供たちの姿からは、長時間学校生活を過ごすための体力や気力が落ちていることが見て取れます。
全国の学校関係者の多くから共通して聞かれることです。外での活動もある夏休み以上の長い期間、ステイホームを強いられた子どもたちへのすさまじい影響を改めて実感しています。
平常の学校生活・授業へと戻す中で、まずは子どもたちの学校生活への慣れを丁寧に確認しながらステップを進めることが重要です。その上で、学習の遅れを取り戻していくという順序での取り組みが求められます。
この順序を間違えると、せっかく学校生活を再開させることができたのに、心身的な健康や不調の問題が生じ、学習どころではなくなることも起こり得ます。
焦らないで、一つずつステップを確認しながら、平常への回復に向けて取り組んでいきたいものです。
2.ご家庭で取り組めること
この状況でご家庭で取り組めることがあるとすれば、それは子育ての基本に立ち戻って、
- 子どもが安心して学校から戻れる家庭であること
- 子どもの話を聞いてあげられる親子関係であること
を確認することではないでしょうか。
それができていないというご家庭であれば、今からでも遅くはないので、その修復・再構築を考えるきっかけにしてみてはどうでしょうか。コロナ禍から家庭や親子関係の修復や再構築をはかるきっかけが得られたと、後々振り返られるならば、まさに禍を転じて福となすというものです。
また、1.2.が十分に築かれていない中で、保護者が期待する学習や活動の達成を急いて求めても、思うような結果は得られません。
子どもは心のどこかで「自分の人生を生きていない」と思ってしまい、大学生や大人になって極端な進路や人生の変更を取ることも出てきます。
子ども自身が、学校や社会で自律的に自立していく手助け・支援をすること、それが子育ての基本であることをこのコロナ禍の中で確認したいものです。
3.家庭の安全基地の機能と子どもの社会的自律(その1)
1.2.は、精神科医のJ. ボウルビィが、アタッチメント理論の中で「安全基地」として説いたもので、ここではそれを実践的に説いています。
外で走っていてこけた、友だちにいじめられたなどで家に泣いて帰ってくる。
子どもが安全・安心を感じる場所として戻れる家庭がある。泣いて帰ってきた子どもに「よしよし、どうしたの?」と話を聞いてあげる親がいる。子どもは気を取り直して、もう一度外(社会)に向けて活動を再開する。これが家庭や保護者に求められる安全基地の機能です。
子どもは誕生以来、環境に好奇心を持って働きかけ育っていきます。
生まれて1ヶ月内の赤ちゃんでさえそばにいる親やオルゴールの音、頭の上で回るベッドメリーなどに好奇心を持って注視すると言われています。もう少し経つと、おもちゃや家の中にあるさまざまなものに興味を持って触り、動き回るようにもなります。
活動の範囲が家庭の外の環境、保育所や幼稚園、学校へと拡がる幼児期以降になると、子どもは親元を離れ、さまざまな他者(友だちや先生など)に出会い、さまざまな活動に取り組んでいきます。親元を離れたところでの他者との出会い、取り組まれる活動が子どもの社会的生活を育む原資となります。
この社会的生活を、子ども自身の興味や関心、意志や責任を持って営ませていくことで「社会的自律」が育ちます。
4.家庭の安全基地の機能と子どもの社会的自律(その2)
中学校、高校、大学等へと進んでいっても大人になっても、社会的自律は人の一生の基礎的な発達的メカニズムとして作用します。
大人になっても、親や周囲に極度に依存的で、自分の興味や関心、意志や責任を持って行動できない人がいます。幼少期以降の環境(他者や活動)に働きかけ相互作用していくときの自己の弱さが露呈していると言えます。
もちろん、大学生になって大人になって、社会的自律が弱かったら一生改善できないということはありません。しかし、ある程度育ってしまった人の思考や行動パターン、学術的にはパーソナリティや能力と呼ぶものですが、それを大学生や大人になって一から改善するのは限界があります。人生のより早期から課題にしていくことが望ましいことは言うまでもありません。
安全基地は、子どもの発達において基礎となる社会的自律を育てる家庭や保護者の機能として提起された概念だとも言えます。小さな子どもを念頭に例を挙げましたが、多かれ少なかれ高校生くらいまでは、活動を学習やクラブ、進路の問題等に置き換えて、この安全基地の機能が家庭や保護者に求められていいものだと私は考えています。
5.今後のクラブ活動や行事の見通しについて
「クラブ活動や行事はこのままずっとないのか」という質問を受けていますが、基本的にはそんなことはないと思います。
学校教育は教科の学習だけではなく、クラブ活動や行事(遠足や運動会、修学旅行など)等の特別活動も含めて営まれるものです。今非常事態から平常の教育体制へと戻していっている途中ですので、コロナの第二波、第三波も予想される中、学校は苦心して今後の行事等計画を見直しています。
中には中止になるものもありますし、実施されるにしても予定通りの活動や行事を行うことは難しいかもしれません。ただ、それに代わる活動や行事を模索して提案していくのも学校の務めです。案内があるまでもう少し待ちましょう。
6.次回の予告
連載の第三回は、今学校で進んでいる対面授業とオンライン授業のブレンディッドラーニングの展開についてお話しします。
多くの私学はステイホームの期間中、オンライン授業を実施しましたが、この後もう一度それに取り組むことになると考えている私学は実は多くありません。ただの緊急避難的な取り組みであったか、これから変わる子供たちの学習まで見据えたものであったか、二分されてくるだろうと予想されます。
また、公立の学校でも今オンライン学習環境を急ピッチで整備し始めています。それは、政府や県・市町村の教育委員会が、第二波、第三波も予想して、このままずっと対面授業だけで学習させていくことができるとは考えていないからです。次回の連載でまたお会いしましょう。
※桐蔭学園トランジションセンターでは、ビタミンママと共催で、本連載の直後に同タイトルのZoomセミナーを開催します。講師が直接講義をし、参加者の疑問に答えます。
溝上先生のZOOMセミナー「学校再開後の学習や生活に関する留意点」
参加者募集!
7/10(金)10:30-11:30(最大延長12:00)
詳細はこちら
終了いたしました。ご参加ありがとうございました。
溝上慎一(Shinichi MIZOKAMI, Ph.D.)
学校法人桐蔭学園 理事長、桐蔭横浜大学 学長・教授、学校法人河合塾 教育研究開発本部 研究顧問
プロフィール
1970年生まれ。大阪府立茨木高校卒業。神戸大学教育学部卒業、1996年京都大学助手、2000年講師、2003年准教授、2014年教授を経て、2019年4月より現在に至る。京都大学博士(教育学)。