今こそ、子どもの「やる気リセット」~今だからできること~

コロナ禍を受けて、國學院大學の先生方により緊急展開された連載企画「すくすく子育てエッセイ(在宅編)」をお届けします。自宅でテレワークを続けながら子育てに奮闘しているパパママや、お友達とも自由に遊べず寂しい思いをしている子どもたちへの応援メッセージが込められたエッセイです。


「緊急事態」の今年も、鯉のぼりの季節はやって来ました。当然のことながら、今年は、様子が違っています。しかし、鯉のぼりに込める親の祈りは変わりません。鯉のぼりの空高く舞い上がる姿に、私も例年以上に、子どもたちの明るい未来を祈りたいです。

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今後、幼稚園、保育園の、学校の再開に向けて動くでしょう。しかし、喜んでばかりはおられません。長期の学校閉鎖で疲弊し、ストレスをため込んだ子どもたちの「やる気」をリセット(再始動)してやらなければなりません。学校側も、その対処に務められるでしょう。私の所にも、校長先生方のメッセージが届いています。しかし、親も、子どもの心に寄り添い、子どもの心に手を当てる「心の手当て」をする必要があります。

家庭で行われる「やる気リセット」の処方箋としては、以下の3つが考えられます。

(1)「愛されている、信じられている、役に立っているという自信」

太宰治の短編小説『走れメロス』(筑摩書房)のキーワードは、信頼と期待です。青年メロスを3日間走らせたもの、それは、自分を信じて疑わない友人・セリヌンティウスの命を救うため、人間不信の王を改心させるため、そして、自分の命を捧げるためです。

「私は信頼されている。私は信頼されている」。

メロスは自分の命を顧みないで、夕陽に向かって死力を尽くして走り続けます。自分を信じ、待ってくれている竹馬の友のために。「信じられているから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ」。メロスが引きずられた「わけのわからぬ大きな力」こそ、他者から自分への「信頼と期待」という大きな力でした。

「ピグマリオン(期待影響)効果」という社会学用語があります。人は他者からの信頼や期待に応えようとする時、潜在的な諸能力を開花させる、という実証された理論です。

「みんなに愛されている、みんなに信じられている、みんなの役に立っているという自信が、あの絵を描かせたのです」

これは、先日亡くなった重度障害児教育施設ねむの木学園長・宮城まり子さんが、ユネスコ主催の世界児童図画展で学園児が受賞し、その要因を訊ねられた際に述べた言葉です。
子どもの「やる気」の居場所を熟知していた、宮城園長ならではの至言と言えます。この「ピグマリオン効果」を、家庭内でできることは、以下の3つでしょう。

「おはよう」「お帰り」などの挨拶交換:挨拶交換は、ピグマリオン効果における、期待と信頼のエールです。「挨」は心を開く、「拶」は受け入れる、という意味です。「挨拶」は、単なるエチケットではなく、期待と信頼のエール交換なのです。

「初めて(できた)拍手」:「『初めて拍手』で、良いとこ見つけ」で述べました。

「尊在感づくり」:端的には、家庭での持ち場づくりです。教育界には、「持ち場を得て、子どもは光る」という用語があります。子どもに家庭内の役割を与えて下さい。そのつど依頼する「お手伝い」ではダメです。幼児用も用意できます。例えば、食前の「いただきます」係、玄関の靴整理の「玄関大臣」などの「お仕事」があります。

(2)「ナメクジは 殻持たぬゆえ 疎(うと)まれる」

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子ども一人一人の「値打ちづくり」として、この句を詠ませてもらいました。かわいいきれいな殻が付いているか否かで、世間のナメクジとカタツムリの見方は、全く違います。カタツムリは、「でんでんむし、かたつむり♪」と童謡に歌われます。他方のナメクジは、殻の無い分カタツムリよりも一つ進化しているのに、台所で塩を持って追われます。

子どもたちも、同様です。同じものが、見方一つで、そのどちらにもなります。つまり、かわいくて美しい殻を付けてやれば、どの子も、カタツムリになるのです。その子のマイナス面も、見方を変えてプラスにしてやればよいのです。それはまた、その子にかわいい殻を付けてやること、すなわち「値打ちづくり」が、大人社会の大切な役目であるということでもあります。

例えば、乱暴な子どもも、元気闊達な子、逆に、覇気の無い子どもも、最後に行動するので慎重な子というように、見方を変えることす。そうして初めて、「そう言えば、あの子にはこんな良さがあるな」と、その子の持っている「よさ」も見つかるものなのです。人権教育の視点から、授業でも見方を変えてみる訓練をしていました。

(3)「雨ニモ負ケテ、風ニモ負ケテ」

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最後に、大切なことを一つ付け加えておきます。疲れた時には、思い切って、「雨ニモ負ケテ、風ニモ負ケテ」みる勇気も、大切です。是非とも、そのことを教えることが必要です。たしかに、「やる気」ということで言えば、本来は「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ」と後押しするところです。

しかし、子どもの「やる気」づくりの一方で、ゆっくり休み、一息つくことも、きちんと子どもたちに教えなければなりません。子どもは元来、「やる気」すなわち自己向上力を、心の内に秘めているものなのです。

「やる気」という言葉からは、井上靖『あすなろ物語』(新潮文庫)を思い出します。あすなろの木は、「明日は檜(ヒノキ)になろう、明日は檜になろう」と思いながらも、檜になれない悲しい木です。

「自分は檜ではない。あすなろでしかないのだ」。明日は檜にと、向上心を燃やしながらも、ついにはその願望を果たすことができなかった鮎太でした。鉄棒にぶら下がって、いつまでもいつまでも大車輪を続ける鮎太の姿は、私たちの胸に迫るものがあります。

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子どもたちの中にも「鮎太」はたくさんいます。明日はヒノキになろうと一生懸命がんばっています。たくさんの「あすなろ」の木が育っているはずです。しかし今日、「あすなろ」の子どもは減ってきました。「あすなろ」であることを諦めた子どもが増えてきました。そうした子どもたちを「やる気リセット」しなければなりません。

親も子も、ネガティブな方向に意識が向かいがちな今こそ、「ポジティブ子育て」に向けて、「子育てリセット」です。


國學院大學名誉教授 新富康央
(2020年5月4日國學院大學「すくすく子育てエッセイ」在宅編vol.9より転載。)

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