コロナ禍を受けて、國學院大學の先生方により緊急展開された連載企画「すくすく子育てエッセイ(在宅編)」をお届けします。自宅でテレワークを続けながら子育てに奮闘しているパパママや、お友達とも自由に遊べず寂しい思いをしている子どもたちへの応援メッセージが込められたエッセイです。
「たったひとりしかない自分を、たった一度しかない一生を、ほんとうに
生かさなかったら、人間、生まれてきたかいがないじゃないか。」
これは、山本有三の『路傍の石』(偕成社文庫)の中に出てくる、吾一少年の恩師、次野先生の言葉です。吾一少年は失望から、ある時、鉄橋の枕木にぶら下がり、汽車を止めてしまいます。
次野先生は吾一に諭します。「吾一」という名は、「われ一人なり。われはこの世に一人しかいない。」という意味である、と。その後に上記の名言が出るのです。
「3密」「ソーシャルディスタンス」「ステイホーム」が叫ばれるなか、それが守られる人と、そうでない人に、分かれてきました。その差はどこから来るのでしょう。
その心の要因の一つが、この山本有三の言葉なのです。「われはこの世に一人しかいない」かけがえのない大切な存在であるという思い。これを個人的には、「尊在」感と呼んでいます。
これがあれば、子どもたちは、①決まりを守ること(規範順守)、また、②吾一のように希望を見失わないで、がんばることもできます。
逆に言えば、自分にダメ人間というマイナスのイメージのレッテルを貼っている子どもは、決まりを守ることもできないし、がんばろうとする向上心も失いがちです。
たしかに、終わりが見えてこない新型コロナ問題で、どの子どもも、イライラが募り、焦りとストレスをため込んでいることでしょう。正直言って、そのようなマイナス状況に落ち込んでしまっている子どもたちに、私たち大人ができることは、見つけにくいかもしれません。しかし、そのような時こそ、次野先生が必要なのです。
吾一の希望を失わない姿勢は、現代に通じる部分が多いと言えます。吾一のその生き方を生んだものは、彼のもつ「尊在」感にあったと思います。緊急事態の今こそ、「尊在」感を高めるように、社会からも、「(誰も)たったひとりしかない自分(「尊在」)」であることを、子どもたちに呼びかけてもらいたいと願います。
ここで、「『尊在』づくり」に関係する学校実践を6つ紹介してみましょう。もちろん、家庭でも使えます。いわば「学校の窓から」のヒント集です。
① 「愛(合い)言葉運動」
1日1回、交わす言葉を決めます。例えば、「ありがとう、(仲間に)いれて、ごめんね、 さようなら、良かったね」など。この中で、なかなか出てこないのが、「良かったね」です。弟が褒められて、お兄ちゃんが「良かったね」と言えると、良いですね。
② 「増やす言葉、減らす言葉」
「どれどれ」、「なるほど、なるほど」、「そうか」などが、「増える言葉」。最近、これらの言葉が出なくなっています。逆に、下校時などに「死ね」、「殺す」などの「減らす言葉」が増えて来ています。各家庭内で、「増やす言葉、減らす言葉」を考えても良いですね。子どもの「うるさい」、「嫌だ」、親の「早く」「だめね」などは、「減らす言葉」ですね。
③ 「ゲスト給食」、「陰膳」
「あなたのお子さんに席(場)はありますか?」。問題を持つお子さんの相談に来られた方に、最初に発しています。家庭内で、自分の持ち場が無い子どもが少なくありません。先ずは、「一人一役」で家庭でも仕事を持たせてもらいたいです。同様に、食事の時も「家庭教育は対話から」です。
学校では給食時に、グループ(班)の中の一人を順にゲストにして対談をする、という取組がなされています。これが「ゲスト給食」です。「陰膳」というのは、欠席した子どもにも給食を準備し、一言カードに言葉を添えるという実践です。先生の目的は、「自分もそれだけの『重さ』があるのだ」と自覚してもらうことです。
子どもたちは、話し合いで、「陰膳」の名称を「友膳」に変えました。たまには、弁当に一言、言葉を添えてみてはどうでしょう。「いつも◯◯ちゃんのお世話をしてくれて、ありがとう」、「元気に学校に行ってくれて、嬉しいよ」と。
④ 「ひとり掃除」
一人一人の持ち場づくりの1例になります。全体掃除とは別に、どこか1か所、自分のこだわりの場所を決めて掃除をしてもらいます。強制ではないのに自主的に取り組むようになります。
全体掃除よりも「ひとり掃除」のほうが、思いが込められます。階段の一段を自分の場所と決めると、そこだけピカピカです。「尊在」が形で見えるからです。
⑤ 「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ」(分担法)
これは宮沢賢治の有名な句ですが、これを授業の初めに「一人1節」順に読み上げるのです。一人抜けると、そこだけ詩の一部が空いてしまいます。9人の小規模学級での実践です。
これも自分の「尊在」を体得させるためです。学校を抜け出していた子どものための実践でした。家庭でも好きな歌の歌詞を分担しても、おもしろいかもしれません。
⑥ 「腕相撲大作戦」、「握手作戦」
これは、「問題を持つ子」5人を抱えた6年生の学級担任の教育実践です。「さあ、かかっておいで」。腕相撲を誘うと案の定、彼らが乗ってきます。それを機に、声をかけます。前年度、窓ガラスを何枚も割るなどの問題行動をしていた「5人組」が変わりました。自分たちだって、この先生にとっては「尊在」であることに気付いたのです。
7月の雨の日、クラスがザワザワして落ち着かなかった時、なんと彼らが言い放ったのです。「こら、先生のいう事、聞けんのか」。その年、最後まで窓ガラスは1枚も割れませんでした。
家庭でも、何かスポーツなどを通した親子触れ合いにより、「尊在」づくりができるでしょう。親がピッチャーをしながら、子どもに語りかけるなどです。新型コロナ感染の恐れがなくなれば、握手しながら一言語りかける「握手作戦」も良いですね。
子どもたちが、不安と自信喪失に陥っている今こそ、「尊在」づくりが肝要でしょう。