【探究学舎】”探究心を育む"と子どもは自らやりたいことを見つける

東京・三鷹にある、子どもたちを驚きと感動の渦に巻き込む塾「探究学舎」。
従来の成績や受験のための教育とは一線を画す探究型の授業は、教育革新をもたらしています。
好きなことが見つかるきっかけを子どもたちに与えてくれる探究学舎とは?
代表の宝槻泰伸先生にお話を伺いました。

破天荒な父の教えは
「子どもは自ら学び始める」

探究学舎は、学校での勉強の仕方や受験のための問題の解き方を教える「学習塾」ではありません。一人でも多くの子どもたちが勉強から探究へと学びを革新し、好きなことをライフワークにしながら社会貢献できる大人になることを目標に、やる気を奮い立たせていく興味開発型の学び舎です。
どうして私が探究学舎を作ったのか。それは私の家庭環境で歩んできた経歴と、深く関係しています。
幼少の頃から「探究心に火がつけば子どもは自ら学び始める」をモットーとした父により、私と二人の弟は型破りな家庭教育を受けてきました。ポーカーや麻雀で地頭を育んだり、大自然の中へキャンプに連れだしたり、歴史系や科学系のテレビ番組を見せながら向学心を育てたり。
そんな家庭で私は小学生時代、プラモデル作りや、何か思いつくと早朝から起きて、設計図を書き続けるような工作少年でした。
高学年になるとテレビで「ロボコン」と出会ってロボットを作りたいと思うようになり、中学校まで「将来はマサチューセッツ工科大学に行ってロボット博士になる」ことを夢見ていました。
また外で野球やバスケットボールをするのも好きで、父の策略どおり、自ら学びにハマっていった私たち3兄弟は「学ぶことは楽しい」と当然のように思っていました。

しかし高校に入学して1学期が終わった時点で、3年間の貴重な青春時代を教科書通りの勉強だけで過ごすのはもったいないと自分で判断し、1年生の単位だけ取得して中退しました。
勉強は自分でもできると思ったのは、父の教育法にあります。
父はもともと塾の経営者で、私たち兄弟に勉強の方法論を教えてくれました。
なんらかの知識や技術を身につけようと思ったとき、まず道筋を立て、段取りや設計をしてから行動に移すべきだ、と。
その方法が自然と身についていたので、中学時代も塾などに行かず参考書を片手に自分で勉強をすれば学力は上がっていきました。
しかし、中退後の私はほぼニート。テレビを見たりゲームをしたり、勉強に割く時間はほぼなかったですね(笑)。
1年ほどでそんな生活にも飽きてきて、このままではヤバいと思いはじめました。
勉強が嫌いだったわけではないので、父の直接指導のもと大検を目指して勉強を始め、京都大学に入学。二人の弟も京都大学に入学し、父が目指していた「京大三兄弟」が誕生しました。

大学では経済学を専攻。麻雀とお酒にハマりながらも既存の教育に問題意識を抱いており、まわりに「なんのために勉強するのか」「やりたいことが見つからない」という仲間が多かったこともあって、父の勧めで塾の講師として手伝うことになりました。
中高生に勉強を教えるなかで、自分には人をやる気にする才能があると気づき、その才能を教育のシーンに生かしたいと思うようになりました。
また、学校教育に憤りを持っていたのも原動力となりました。
大学を卒業後、24歳で起業。「探究心に火がつきさえすれば、子どもは自ら学び始める」「心に火がつく体験を」「心に火がつく教育を」という父の信念を受け継ぎ、最初は私立高校での授業で環境問題やIT革命など多彩なテーマで授業を行っていましたが、「受験に繋がらない」と打ち切りに。その後、企業研修や職業訓練教育など大人向けの教育にも取り組みましたが、常に心の底にあったのは、「子どもたちの教育事業に携わりたい」という思いでした。
そこで自分の道を信じて進もうと30歳で「探究学舎」を設立。発足直後から生徒は右肩上がりに増えていき、1年で100人を超えるほどに。受験勉強に探究型のアプローチを加えた指導が、今の探究学舎の礎となっています。

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お話を伺ったのは

代表 宝槻 泰伸 先生

高校中退後、大検を取得し、京都大学経済学部を卒業。塾講師などを経て2005年に探究学舎を設立。「驚き、感動する世界にたった一つの授業」を求めて、北海道から沖縄、海外からも親子が集まる。2022年現在、約2,200世帯が通塾中。

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