【2026特長ある学び】キリスト教を軸にした人間理解。玉川聖学院中等部・高等部の「総合科・人間学」

人間学の授業は、玉川聖学院の3つの教育方針「かけがえのない私の発見」「違っているからすばらしいという発見」「自分の可能性、使命の発見」につながります。

キリスト教のミッションスクールである玉川聖学院中等部・高等部。
聖書に基づく心の教育として、高校1年・2年を対象に「総合科・人間学」の授業を行っています。キリスト教を軸に自分自身と深く向き合うこの授業。「高校1年で自己理解を深め、高校2年で人生全体をテーマにします。さまざまな言葉を書き留めた人間学のノートは、将来の自分を励ます存在になるはず」と語るベレット佐知子先生にお話を伺いました。

玉川聖学院中等部・高等部

玉川聖学院中等部・高等部 ベレット佐知子先生

「人間学」のノートに綴ったすべての言葉が、未来のあなたを励ます光になる。

祖父母世代の歴史を聞き取り、言葉や心に刻んでいく

キリスト教に基づく3つの教育方針として、「かけがえのない私の発見」「違っているからすばらしいという発見」「自分の可能性、使命の発見」を掲げる玉川聖学院。高校1年・2年では、キリスト教を軸に自分や他者、人生について考える「総合科・人間学」の授業が始まります。

取材に伺った日の授業では、高校2年生が「心に刻むこと」をテーマに歴史を学んでいました。「夏休みの課題に、祖父母へのインタビューがあります。祖父母世代が次世代へ語り継ぎたいメッセージを聞き取り、クラスで発表し合う予定です。今回はそのインタビューに向けて、まずは歴史や戦争について学んでいます」と話すのは、人間学を担当する家庭科のベレット佐知子先生です。

例えば、「何があっても誠実に生きなさい。私たちは誠実に生きてきたからこそ、今、とても幸せだよ」「戦争はしてはいけない」「たくさんの夢を見ることができる時代だから、いろんなことに挑戦しなさい」など、生徒たちが祖父母から聞き取ってくる言葉はさまざま。

ベレット先生は「戦争を体験した世代に限らず、戦争を知らない祖父母にも60年、70年、80年の人生があります。年齢を重ねた方々の成熟した言葉を受け取ってほしいと思います。歴史や事実をきちんと聞いて心に刻み、自分自身に落とし込んでもらえるとうれしいです」と語ります。

玉川聖学院中等部・高等部

人間学の授業は、複数の先生が担当。この日は「心に刻むこと」をテーマに、社会科の先生が中心となって歴史の授業を行っていました。教室では、家庭科と聖書科の先生方もサポートに入ります。

たくさんの言葉を綴った
「人間学のノート」が人生の指針に

玉川聖学院中等部・高等部

人間学のノートに、授業で感じたことや自分の想いなどを書き留める生徒たち。「たくさん書くページも、空白のページも、すべてが『その時の私』です。正解はありません」とベレット先生。

人間学の授業では、高校1年には「三枚の鏡(自分で見る鏡・他者から見た鏡・聖書から見た鏡)」をテーマとして、自己理解を深める授業を展開しています。一方で、高校2年は「人生の四季」に着目し、人生の春から夏、夏から秋、老いに入る秋・冬といったように、これからの人生全体をテーマにするのだそうです。

授業で得た学びや思いは、人間学のノートに言葉として刻まれます。「言葉で心に刻むことが大切だと思うんです。書かなければ、言葉が通り過ぎてしまいます。たくさん書いても、空白のページがあっても構いません。すべてが『その時の私』です。そして、卒業後にノートを見返したときに、きっと人生の役に立つはずです」とベレット先生。

実際に、仕事を始めた頃にノートを見て「人生の夏に仕事を始めること」のページを振り返ったり、子育てや介護で悩んだときに「ノートに綴った当時の想い」に励まされたり。多くの卒業生たちが、人生の節目に人間学のノートを活用しているとのことでした。

2年間にわたる人間学の授業で、学んだことや感じたことなどが書き留められたノート。「私たちはフィードバックしますが、正解の言葉は書きません。未来のあなたを励ます言葉だよ、と伝えています」とベレット先生。

一人ひとりが生き方を見つめ、
自分らしい花を咲かせるために

複数の教科の先生方によって実施される人間学の授業。今年の高2は、社会科、家庭科、聖書科、体育科の先生方が受け持っていますが、必ずしも先生方の「専門教科」とその日のテーマがリンクしているわけではありません。ある女性の先生が「一人の母親」としてのリアルな出産・子育ての経験を重ね合わせて語るなど、一人ひとりの人生を通した言葉で授業が展開していきます。

「戦争のような深いテーマを扱うとき、若い先生は『自分に語る資格があるだろうか』と悩むかもしれません。でも、若い感性だからこそ響く言葉があり、ベテランには年月を重ねたからこその説得力がある」とベレット先生。「どの先生が語る言葉も、すべて生徒たちの糧になります。多様な視点に触れること自体が、生徒の心に豊かな種をまいていくのだと思います」

「人間学の授業は、自分を客観的に見つめられる高校1年から始まります。一つの正解を示すのではなく、一人ひとりが異なる価値観や可能性を持つことを前提にした授業です」とベレット先生。

玉川聖学院が30年以上にわたり紡いできた「人間学」。ここで生徒たちが作り上げる「人間学ノート」は、単なる授業の記録にとどまりません。多くの人の生き方に触れ、自らのことばで綴ってきた中身の濃いこのノートは、総合型選抜などの進路選択において、ポートフォリオ作成に活用されるほど。
こうして人間学で自分と向き合う土台を築いた生徒たちは、高校3年生になると、その学びをさらに深めるべく聖書の授業へと進んでいきます。

「人生にはモデルのようなものはあるかもしれませんが、それでも100人いたら100人違います。人間学の授業を通して、一人ひとりが生き方を見つめながら、自分らしく花を咲かせてほしいですね。種まきはあっても、それをどう掴んでいくかは自分次第です」とベレット先生は穏やかな笑顔で語ってくれました。

お話を伺ったのは

玉川聖学院中等部・高等部 ベレット佐知子先生